『子どもと自然大事典』(2011・ルック)
第1部「子どもと生きもの」 第1章「子どもと昆虫」より
子どもはハチを怖がる。ハチはみな毒針で人を刺すと思っているからである。吸蜜のために花を訪れているハナアブやハナバチの仲間を見かけただけで、過剰な反応を示す子どもも多い。おそらく親も同じような反応をしているのだろう。もちろん、ハナアブは人を刺したりしないし、ハナバチも直接手でつかんだりしなければ人を刺すことはない。
日本には約五〇〇〇種いると言われているハチの中で、人を刺す種類はごく一部である。だが、スズメバチ科とミツバチ科に属する「社会性のハチ類」以外のハチは一般にはあまり知られていないので、ハチはみな人を刺すと思いこんでいる人間が多いのも仕方ないことなのかもしれない。
私は、春に鳥でさえ追い払う勢いでテリトリーを張っているクマバチのオスや、初夏に朽木で産卵しているキバチやオナガバチの仲間を見つけると、捕まえて子どもたちに触ってもらうようにしている。自分の手でハチをつかんだり触ってみたり、毒針ではない産卵管をつんつんしてみたりすることで、子どもたちは刺さないハチがいることを知識ではなく直接体で知ることができる。子どもは生きものを直接触ってみることによって、その生きものに興味をもち親しみを感じるものである。新女王と交尾するため秋にだけ出でくるオスのスズメバチでさえ、自分の手でつかんでみると「かわいい」と思う子どもが多い。「飼ってみたい!」ということにもなる。
人を刺すこともあるハチにしても、能動的に人間に襲いかかってくるわけではない。「誰でもいいから殺したかった」などと言って無差別に人を刺すのは、最近の人間ぐらいのものである。興奮状態でなければ、ニホンミツバチの巣の前に手をかざしてもハチのほうがよけていくし、一定の距離さえ保てば、樹液に来ているスズメバチを観察させてもらっていても襲われることはまずない。
毎年秋になるとマスコミが大騒ぎするスズメバチによる刺傷事故にしても、気づかずに巣に近づきすぎていたり巣を刺激していたり、基本的には人間のほうが自ら招いた不幸な事故である。スズメバチにしてみれば、外敵から巣を守るための行動にすぎない。人と接触しやすい場所に作られた巣は駆除するしかないだろうが、いたずらに恐怖心のみを煽るような短絡的な報道はいかがなものだろうか。
ハチも人間もこの地球の生態系の一員として共存してきた。昆虫ではスズメバチが食物連鎖の頂点にいる自然は、豊かな自然である。せめてこれからの子どもたちには、目の前にいるハチが人を刺すこともあるのかないのか、今何をしているところなのか、危険な状況ではないのかなど、自ら判断して行動できる大人になってもらいたいものである。
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